占いの由来と語源・歴史を調べてみました

占いの由来と語源・歴史を調べてみました


占い(うらない)と言う言葉はどこから来たのでしょう。

今日は、占いの語源・由来を調べてみたいと思います。

占=心(うら)

「うらない」の「うら」は、表には出さない内面の「心」(うら)と言う意味です。

心=うら

心=うら

他で使われている用法としては、

  • うらかなし ⇒心が悲しい
  • うらやまし ⇒心がやましい
  • うらこいし ⇒心が恋しい
  • うらやむ ⇒心が病む

 

「裏」と同語源で、表に見えないものの意から来ています。

占いの語源・由来

そして、「うらない」の「ない」には諸説あるようです。

一つ目は、「縄を綯う(なう)」の「綯う」からという説です。

縄を綯う

縄を綯うというのは、手で藁を束にして、ねじって縄を作ると言う意味です。

うらなう ⇒心を縄のように綯う

ばらばらの心をひとつに集中して、超自然的な存在(神様)と交信するという意味になります。

そう考えると中尾彬さんのねじねじは神との交信のためなのかもしれませんね。

 

そして二つ目の説は、心に合う(うらにあう)から、というものです。

うらに食(あ)う、とも書くようです。

うらなってみた結果、あるものが適当であると示される。うらないがあたる。
日本国語大辞典

という意味です。

古事記(712年)の中で、

「遣はさむと将る時、誰人を副へ令めば吉けむ、とうらなひき。爾に曙立王、卜に食へり(うらにあえり)」

と登場します。

【なう】は【和ふ・供ふ・直ふ・綯う】とも書いて「合わす・比べる・照らし合わす」などの意味です。

参照:なふ

うらに合う→うらに合い→うらない→占い

と変化していったというものですね。

どちらの説が正しいとしても、占いのことを昔は名詞で「(うら)」と言っており、それの動詞形として「占う(うらう)」とも言っていました。

占師(うらのし)(うらし)
占の頭(うらのかみ)=陰陽寮の長官。

という古い言葉もあります。

日本での占いの歴史

日本では、昔から占いが、国の大事をも動かす、とても大事なものとして使われてきました。
有名なのは、邪馬台国の卑弥呼でしょう。

卑弥呼が行っていたのは、中国大陸から伝わった、亀卜(きぼく)というもので、亀の甲羅を使った占い手法です。

亀卜

亀卜

そして、日本で占いが全盛期を向かえたのは、平安時代です。

平安時代には、主に貴族が占いを信奉しており、陰陽師・安倍晴明などが有名ですね。

平安時代の貴族は、占いに生活全体を支配されていたと言っても過言ではありません。

あらゆる行動の理由を占い(吉凶)に頼っていました。

朝から晩まですべての行動が、占いで決められていたのです。

当時は、「陰陽寮」という政府機関が置かれており、そこで、あらゆる吉凶を占い、やってはいけないこと、やった方がいいことを、決めていたのだそうです。

算木で占いを行う陰陽師の画

算木で占いを行う陰陽師の画

今で言うと、外務省や通産省と同じように、「占い省」があったという感じですね。

現代では、科学の発達で、超自然的なものは否定され、すっかり占いの存在感は小さくなってしまいましたが、昔は社会や政治、人の暮らしの中でも、とても大きく大切なものだったようです。

地域社会の中での占いの歴史

げげげの鬼太郎で有名な水木しげる先生の幼少時代に多大な影響を与えた「のんのんばあ」というお婆さんのことを最近、水木さんの自伝で知りました。

のんのんばあは本名を「景山ふさ」さんといって、水木先生の家にお手伝いに来ていたお婆さんだそうです。

のんのんばあの旦那さんは地域の「拝み屋」だったそう。

ちなみに「のんのん」とは、地方の言葉で神仏や日月などのことで「ののさま、のんのんさま」などと言われたそうです。

そして拝み屋とは、地域社会には必ず一人はいたという祈祷や占いを生業とした人のことです。

神社やお寺の様な大規模なものではなく拝み屋は民間の個人事業です。

上部団体はなく、村で直感の鋭い人、霊感のある人がその役割を担ったといいます。

今でもアフリカやアジアなどでは村に祈祷師がいて村人の病気を治したり、祓い清め、呪術などを行っているのだそうです。

昔は日本の村社会にもそういう人たちが実在していたんですね。

祖父が地域の拝み屋をやってたんです

たまに今でも、その地域だけで有名な「神さん」と呼ばれるような人がいますがそれも拝み屋さんの流れなのです。
沖縄では「ユタ」といったり、青森では口寄せで有名な「イタコ」と言ったりしますね。

そういう人が、村人の負の部分(夫婦の不仲、流産、不倫、恨みつらみ)の相談に乗ったり、癒したりしていたわけです。

まとめ

私が思うには、いくら科学が発達しても、宇宙や深海の世界、人間の脳の仕組みなど、まだまだ人間の理解できない事象は山ほどあります。

どちらかというと、人間が解明できたことなど、万のうち1ほどに過ぎないのではないでしょうか。

すべての自然現象が人類によって解明される日が来ることがあるのかどうかは私には分かりません。

でも、自然(神)というものへの畏敬の念を忘れることは、人間の奢りではないでしょうか。

どこまでいっても人類は、自然(全宇宙=神)の一部でしかありません。

占いを求める気持ちがなくなってしまったら人類は終わりかもしれませんね。

科学技術とスピリチュアルのせめぎ合いはこれからも続きそうです。


[記事公開日]2014/05/24[最終更新日]2016/05/07

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占い好きの主婦。ウェブ制作会社で働いていましたが現在は長期育休中。

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